田村市Style本音の暮らし。自然室温で暮らせる家。

居心地のいい上質な木の家専門店

株式会社 丸ウ吉田工務店

田村市船引町堀越字田島池140 〒963-4204
 info@green-build.co.jp

 

家づくりの流れ

土日祝祭日も営業

お気軽にお問合せください

代表者プロフィール

吉田正之(よしだまさゆき)Masayuki Yoshida

「心地よさ」を生み出す設計手法

福島の自然を活かします

機械的な手法に頼らず、建築的に自然エネルギーをコントロールすることで、建物の温熱環境を整えようとする手法で、集熱・熱移動・蓄熱・通風・採涼・排熱・日射遮蔽・断熱気密を考える。

こんにちは。吉田正之と申します。今年創業92年のちっちゃな工務店の社長です。震災では広範囲な地域でライフラインを絶たれました。現代文明社会の脆弱さと怖さをわれわれは思い知らされました。わたしたちはそのことを決して忘れてはいけません。わたしは、福島県の優れた木材・地元職人・建築家で地産地消を実現し、太陽熱によつて部屋を温め、お湯を沸かす。太陽の光を取り入れて部屋を明るくする。また、風の流れをつかんで部屋を涼しくし、換気する。こうした生活が、
光があふれる窓を開ければどの部屋にも心地良い風が通り抜けます。冬の寒い日でも、晴れていれば太陽の熱によって夜になっても暖かく過ごせて夏の暑い日でもクーラーに頼らなくてもいい、そんな住まいで暮らしたいと思いませんか?福島の四季を感じながら、夏の暑さや冬の寒さを上手にやり過ごすことができる住まいは、多くの人が望むのだと思います。機械に頼らずに自然エネルギーを調節。原発(電気)に頼らない「自然室温」で暮らせる「居心地いい小さい上質な木の家」をご提案することを生業としています。 少数精鋭で効率的な組織で1件1件仕事を丁寧に行っています。小さい事務所ですが固定費が低くリスクに強い会社です。「小さな家」に特化した専門店です。まずは「家づくりの学校」にご参加をお勧めします。
 

株式会社 丸ウ吉田工務店 代表取締役

ツイッター https://twitter.com/masayukiyoshida
Facebook   https://www.facebook.com/masayukiyoshida
 

略歴
1963年福島県田村市船引町生まれ
1970年船引町立堀越小学校入学
1977年船引町立七郷中校入学
1982年日本大学東北高等学校建築科卒 弓道部
1986年足利工業大学工学部建築学科卒 ボランティア同好会
1986年ミサワ東洋株式会社入社
1997年同上退社
1997年株式会社丸ウ吉田工務店専務 現在に至る
家族

父親 他界 母親76歳 妻52歳 娘25年 
息子17歳の6人家族です。

趣味

キャンプが大好き。
学生時代はYMCAリーダーとして活躍。
100人以上の子供たちと毎年1週間以上のキャンプ生活を経験。

古城。日本のお城のプラモデルをつくるのが好きです。
最近は費用も掛かるのでちょっと休止中です。^^ 

こんにちは。代表の吉田正之です。

創業92年、家づくり三代目社長です。

祖父棟梁.jpg

創業者吉田卯之吉祖父

わたしの名前は創業者祖父吉田卯之吉と前社長吉田正市の名前からいいとこどりの名前です。

吉田正之と申します。

祖父は私が高1のとき他界していますが、小さいころは良く可愛がられたようです。アルバムにはたくさんの抱っこされた写真があります。

酒が好きな祖父で、わたしはよ〜く喧嘩をしたことしか…
記憶に残っていません。

『残念です。』

('A`|||)

今思うと…「一緒に飲みたかったなぁ」が正直なところです。
「爺ちゃんみたいな酒飲みにはならない!そのつもりでしたが(笑)」

わたし吉田正之の自己紹介をさせていただきます

社長吉田正之顔写真.JPG

冒頭から、話が脱線して申し訳ありません。

「この会社、一体どんな奴がやっているんだ?」
と思われる事と思います。せっかくご縁を頂きましたので、少しだけ改めて自己紹介をさせて下さい。

わたしは昭和38年4月5日。東京オリンピックの前の年、現在の田村市。田村郡船引町で長男として生まれました。

わかくさ幼稚園、堀越小学校、七郷中学校(現船引南中学校)、日大東北高等学校建築科を卒業し
昭和57年足利工業大学工学部建築学科に入学しました。

『なんで建築をこころざそうかと考えたかというと…』 

家業が工務店をしていたという単純な理由でした。
高校の入学の時にも迷わず建築科を選んでいました。
この迷わずというのが大きなポイントとなるのです。

とはいえ…

不思議と自分の進路について両親から強要された事は一度もありません。


当時、会社という名前こそ付いていますが実態は会社=家内企業です。

当然、子供とはいえ、仕事の状況はなんとなく、会話や雰囲気から感じ取れていました。
その父と母の働く姿を毎日見ながら、ごく自然に自分の道はこれしかないと思ってました。私は、自分が選んできた道ですから当然、建築という仕事はとても素晴らしい仕事だと思います。


『大好きです。』 


それは…
体を動かし、汗をかき、物をつくる事の喜びや、多くの人と協力する事の楽しさなどなどを知ることができるうえ、自分が手がけた物が、作品として残るからなのです。

1件家を建てて終えるまでには本当に様々なことがあります。
しかし、お引渡したとき… 『吉田さん、ありがとう。』

すべての出来事が、今日ここにいる人のために、またお施主様がこれからこの家で幸せに暮らす為…

『本当…!良かったなァと思えるのです。』

『わたし自身が家族の成長に…かかわっていく仕事なのです。』

「工務店の社長っていいなぁ。色々な道具や材料があるし、他の友達がうらやましがるものばかり。大きくなったら社長になろう。」

子供心に将来の夢を描きました。単純なものです。
幼稚園の年長のときの誕生日カードには、将来の夢。
「大工さんになりたい。」と書いてあります。

先生の言葉が… 「立派な大工さんになってください。」でした。


私の父はいわゆる『叩き上げの大工』でした。

母親を中学のときに亡くし、6人兄弟の長男として、頑固な大工職人の祖父のもと、30人以上の兄弟子のした頑張ってきたようです。

高度成長期に、少しだけ時代に後押しされ会社を持つ事ができましたが、やはり根っからの職人さんでした。

その姿を見て子供ながらに
「頑張って父ちゃんを助けてやろう。」と思い…

建築を一生の仕事にすること、その延長線上で工務店の社長になる、大きな夢と目標としたのです。でも、つらいことも目にしてきました。

「うるさい!」 

夕食の時、仕事のことで父と母が口論をするのです。

その時はうまく理解できませんでしたが、あとになって考えると、会社経営の厳しさや難しさを目の当たりで見てたんだなぁと思いました。

大学時代・足利YMCA

ドラム缶.jpg

まだまだ、若いと思っていましたが…
私も今年で51歳になりました。
30
年前といえば誰しも懐かしく思える・・・

学生時代は、YMCAのボランティアリーダー活動にのめり込み、200人以上の小中高校生たちと、サマーキャップ・スキーキャッンプ土曜スクール・ディキャンプ・バザー等々

積極的に参加して、いろんな世代の人達や、障害を持ちながらも活躍する人達とのふれあい、いろいろな経験をしました。

そんなことが・・・ 

今の私を培ってくれたのかもしれません。  

当時、友達数人と大学にボランティア同好会を発足させ、障害(個性)を持った子供たちが作った詩に曲をつけて、「にこにこコンサート」を市民会館の大ホールで開催したのもこの頃です。

「当時小学1年、キャンプでオネショのあいつ。中学・高校生。今は20代30代」
今でも『マサリダー』と呼んでくれています。

子供とかかわった仕事をしたい、そんな風に思ったのもこの頃でした。

全国学生設計コンペ

大学四年間、YMCAのリーダーとして子供たちとの活動に夢中になり、就職活動もままならかった卒業の年の夏。
教授からの薦めで住宅メーカーの全国学生設計コンペに応募したのがきっかけでした。

今でも信じられないのですが、有名大学の人間を押しのけて私の提案が「優秀賞」をいただいたのです。そのときは、子供のように喜びました。

テーマが、「自然エネルギーの循環サイクル。」 今は亡き、審査委員長。
南極越冬隊の西堀栄三郎氏の推薦があったから実現したようです。

そんなこともあり、私は社会人のスタートを住宅メーカーで切る事となりました。

住宅メーカー在籍時代

営業・工事監理を経験し、380件以上の建物にも携わることが出来ました。

10坪の狭小地に建てる3階建てや、100坪を超える建物、芸能人の住まいや、高級官僚の住まい、価格が億を越える住宅などなど、いろんな経験をしてきました。


そんな私が、多くのお客様から学んだこと・・・。 
「お客さまが引き裂くような後悔の念を持たなくてすむように・・・。」
「いい意味で、お客さんと喧嘩させていただく。」ということです。

良いことも、悪いことも、ハッキリ提案する。後で後悔しないために。

それは、お客様も、私自身も、そのぐらいの気持ちで真剣に向き合わないと
本当に満足いくものが出来ないと考えるからです。

やはり、仮に。とても大切なことでも。普通は、意外と軽く流されたりすることも…

すると、後になって。
「何で、もっとちゃんといってくれなかったの・・・。」となるわけです。

そんな後悔をしないために。お客様を悪者にしないために…

『私のたどり付いた実感です。』

その後…

長女の小学校入学をきに、帰郷。父と二人三脚での会社運営がスタート。
そんなとき、長男の事件が起こったのです。


咳が止まらない夜。 『ゼーゼー・ヒューヒュー。』

長男が始めて喘息の発作をおこしたのは、
一歳二ヶ月の保育園に通い始めたころでした。

初めの二〜三日は風が長引いて咳が出ているだろうとおもっていました。
長男の顔に耳を近づけて見ると、「少しゼーゼーの音がしている」「ヒューヒュー」の音も時々混じっていました。

それからは、入退院と通院の連続。
細い手に、本人の腕の太さより長い点滴の針を刺して、入院生活です。
ときには、肺炎を併発。夜も咳で眠れない日も続いたこともあります。

そんな子供を目の前にして、何もして上げられない自分に、
「かわいそうで たまらなくなる。」
悲しみともなんともつかない気持ちがこみ上げていました。


喘息の子がいっぱい。

子供の喘息をきっかけに、病気のことを調べてみると、意外と身近で、多くのこどもたちが、夜中の「ヒューヒュー」「ゼーゼー」で眠れず、苦しみを感じていることを知りました。
喘息を持っているお子さんは、平均すると二十人に一人とされています。
男子と女子では、1.5対1で男子に多いようです。


『家内の 一言・・・。』  

夜中に咳で苦しむ長男を、抱きかかえる 妻。
点滴姿の長男と病院に泊まりこむ 妻。

胸がしめつけられる様な 淋しそうな声で。


『咳で 苦しまなくていい家を造ってよ!』

そんな家内の胸に突き刺さるような一言で・・・。

  • 咳で苦しむ、子供たちのためにもなる。
  • 喘息で苦しむ子供の家族のためにもなる。
  • 世の中のためになる。
  • 長男の「ヒューヒュー・ゼイーゼイー」 少しでも解消することが出来る。

そんな私の思いで、室内の空気をきれいにする研究がスタートしました。

自然素材の家プロジェクト

わたしは長男が苦しい思いをした喘息をきっかけに、自然素材にこだわった家づくりをしています。

普段は子供相手が出来ないくらい仕事が忙しい。
だから空いた時間は子供と遊ぶようにしています。

できればもっと子供の相手をしたいと思っていますが、現実にはできません。
せめて子供の健康を守ってあげたい、そんな気持ちで自宅はもちろん自然素材を使っています。

『自然素材の家を提案するにあたって、最初は悩みがありました。』 

どうしても坪60万円以上になってしまうということでした。
この価格は本体工事のみの単価です。給排水、ガス工事、電気の引き込み等、一切の工事費用坪70万円は軽く超えてしまいます。

40坪の家であれば2,800万円かかりました。
これでは良い家だと分っていても買える人はほんの一部の人間です。

父である前社長と意見をぶつけ合い。「時には興奮が抑えられず怒りで震え。」
お互いいやな思いをしたことが…幾度となくありました。勢いで、パソコンを壊したことも。なんだか底知れない淋しさと不安に苦しめられました。

しばらく経って、わたしは…『もう限界だと思ったのです。』
そんなわたしを見て、いろんな人が助けてくれました。
励ましてくれました。本当に、心の底から頭の下がる想いでした。
こうして、だんだんと、お客さまがご友人をご紹介下さったり、仕事も前に進み始めました。


そんなころ…  

『ある人の作品を見て、知れば知るほど奥が深い、興味深い世界が私の前に新たに広がっていくのを感じました。』
理屈ぬきに、「ああいい家だ。」と素直に心に響くものがありました。

いろんなパートナーや、業者や小さな森林組合・メーカーなど
何度も何度も話し合い、まじめに研究し、必死で信念を守りつつ生まれたのが、流通の常識を破り、驚異的な価格(適正価格)で建てることができる、檜4寸骨太シラス塗り壁・自然素材の家です。

実は、正しい知識を身につけて、努力すればできるのです。
ご縁がありまして、あなた様とこうして知り合う事が出来ました。

幸せな家づくりをするには最低3社を比較する事が重要だと言われています。
もちろん家はどの会社で建てても、改修工事をしても自由です。
ただ、「健康シラス壁の家」はいい家です。

何もわからない人が見ても、「その良さは」わかっていただけます。
実際のお住まい見てから、他社の自然素材の家の見学会を回ってください。
その違いがわかっていただけます。

来場されたお客様には他社の見学地もわかるよう地図をご用意しました。
比べていただいた方がよりわかっていただけます。

『自信があるからここまで言えるのです。』

マルウの『健康シラス壁の家』を商品選択の基準として頂ければ、あなた様の家づくりがきっと成功すると確信しております。

地元の会社丸ウ吉田工務店にできること

私たちは地元で生まれて地元で育った工務店。
売り込みも苦手ですし、豪華なカタログ、夢を見させるような展示場も持ちませんが…
祖父の時代から地域で培った家を造る技術と信頼感は誰にも負けないつもりです。


わたしは祖父や父親のように、カナヅチを持って物をつくることはできません。
祖父や親父ゆずりの職人の心、大手メーカーの学んだ工業的手法、大手メーカー並みの仕入れルートの確保、多くのいい家作りをする仲間と学び、体系だてた合理的手法、経費のかからない営業活動。

いい職人さんと良い協力業者を手配して、あなたの良きアドバイザーとなることはお約束できます。何かお困りの事がございましたらご遠慮なくお声掛け下さい。

『わたしが責任持ってお答え致します。』 

長々とつまらない話にお付き合い頂きまして、ありがとうございました。
最後にあなた様の家づくりが成功する事を心よりお祈り致しまして、ペンを置きたいと思います。

追伸 健康スタジオは年中無休でオープンしております。
あなた様のお越しをお待ちしています。 

*車でJR郡山駅より30分、JR船引駅より7分。
船引南中学校より徒歩5分、

三春方向に向かって信号二つ目から、
最初のT字路(桑原コンクリート工業さん)
左に曲がり2件目です。

お問合せはこちら

JR郡山駅磐越東線いわき方面行き乗車25分(1時間に1本程度有)、
JR船引駅下車。
車(タクシー)で5分。
田村市立船引南中学校より郡山方向へ向って信号二つをすぎ、
最初の交差点((株)桑原コンクリート工業さん左折、2件目倉庫の建物。

お電話でのお問合せはこちら

0120-85-3106

受付時間:9:00~17:00(土日祝日も営業)

「お任せください。わたしがお役立ちします」

申し訳ありませんが現在年間6棟のご予約がいっぱいですぐにはご依頼をお受けすることが出来ません。新規のお客様は先着順で受け付けておりますので、遠慮なくご連絡ください。できるだけ早く返信を差し上げますが、ご希望の場合は新規のお客様待機リストに登録させていただきます。
それはあなたに役立つか、立たないかどちらかです。単純なことです。
もしもあなたが人生を逆転させたいと思っているなら、時間の無駄を省いて、成功したいと思っているなら、家族の笑顔をいつまでも継続したいと思っているなら。いますぐ、携帯080-5735-2785にお電話ください。
追伸 リスクゼロの無料ご相談は、何があっても無料であり、どんなリスクもないということを忘れないでください。ただありうるリスクは、あなたがこのご招待を断り、非常に大きな利益を得る機会を棒に振ってしまうことだけです。        
 

 あえて空間に余白をつくる

 代表 吉田 正之

0120-85-3106

0247-85-3106

080-5735-2785

050-3737-2624

info@green-build.co.jp

住所:〒963-4204
   田村市船引町堀越
      字田島池140

株式会社 丸ウ吉田工務店

代表取締役 吉田正之

営業時間:8:00~17:00

休業日:土日祝日も営業

よくある質問

安心の三大保証

かし保証 

住宅完成保証

地盤保証

長期固定金利 フラット35

ジャパンリフォームローン

リフォーム商品大特価情報

福島県民の意見を聴く会

小さい会社の活動を
紹介いただき感謝します

読売新聞『ロハスの風』
2007年5月1日(火)

日経ビジネス
2012年8月9日(木)

詳細はこちら

福島民友新聞
2010年2月10日

読売新聞
2006年7月19日

福島民友新聞
2007年7月21日

福島民友新聞
2007年5月29日

コンセプトはグッドデザイン賞を受賞しております。

福島県地域型復興住宅
推進協議会

詳細はこちら